腹の神送り

 昭和62年8月25日の朝、東筑摩郡生坂村雲根を訪れて、腹の神送りの行事を拝見した。生坂村は、松本市から長野市へ続く国道19号線沿いにある村で、犀川の谷間の傾斜地に展開している村である。雲根も国道19号線沿いにある小さな集落で、少し国道を北へ向かうと、旧北安曇郡八坂村(現大町市)に入り、対岸は旧上水内郡大岡村(現長野市)になる。郡境の集落といった感である。
 毎年8月25日に行なわれる腹の神送りでは、朝まだ暗いうちに、かね、太鼓の早打ちを合図にムラ人が竹、麦から、縄などを持って集まる。「奉送腹之神」と書いたお札を竹につけたものを使って舟を作り、麦からを使って浮くようにする。腹の神のお札を立て、出来上がった舟を担いでムラ内を回った後、犀川へ流して神送りをする。途中、ワッショイワッショイの掛け声をかけたり、かねや太鼓を打ち鳴らしてムラ人は門口に出て見送る。写真にも太鼓を打つ姿が見られるが、音には太鼓の音がない。まだ太鼓を鳴らす前に録音したように記憶する。暗闇に鉦が鳴るということで、びっくりしたのか犬の吠える声が止まない。

 『長野県史 民俗編』に同様に腹の神送りを行なったところの事例がある。
 ○ムラに腸チフスが流行したとき、人形を作って隣ムラに追いやった。するとまた向こうのムラから送り返されて、挙げ句のはてに大げんかになったという。(M20−里山辺下金井)
 ○赤痢のときにセギフダを立てた。個人で行った。(上松町吉野)

 事例は少ないが、生坂村ではいくつもの集落で行なわれていたようだ。しかし、現在も行なわれているのは雲根のみという。